かわばたなりみちオフィシャルサイト

グローバルメニュー

曲解説〜川畠なりみち自らの言葉で〜

L.V.ベートーヴェン Ludwig van Beethoven(1770-1827)

ヴァイオリンソナタ 第5番 へ長調 作品24「春」

Violin Sonata No. 5 in F major, Op. 24

L.V.ベートーヴェン Ludwig van Beethoven(1770-1827)

第1楽章 Allegro
第2楽章 Adagio molto espressivo
第3楽章 Scherzo , Allegro molto
第4楽章 Rond、 Allegro ma nontroppo

早春の若葉の香り、そして緑萠える春は希望や勇気をいだかせてくれる。
くもり空の多いヨーロッパの冬、そして昼下がりともなれば陽が傾きやがて日没を迎える北国では、春を待ちわびる気持ちには、日本の人々には想像を絶する思いがあるのかもしれない。
明るい希望に満ちあふれた旋律から始まり、まさに春にふさわしい曲である。

ヴァイオリンソナタ 第8番 ト長調 作品30-3

Violin Sonata No. 8 in G major, Op.30-3

L.V.ベートーヴェン Ludwig van Beethoven(1770-1827)

このソナタは、第7番同様にロシア皇帝アレクサンドル1世に献呈された連作曲である。 私がこの作品に初めて取り組んだのは、日本での大学生活を終え勉強の拠点を英国に移した頃であった。今思えば、当時は譜面に書かれている音符を正確に再現することに追われ、その奥にあるベート―ヴェンの音楽については、おぼろげながらにしか感じられなかったように思う。15年余りの歳月が流れた今日では、それをより明確に感じ得るであろうか。

第1楽章 Allegro assai
ヴァイオリンとピアノのユニゾンで始まる。楽章をとおして明るさと力強さ、さらにベートーヴェン特有の激しさが対照的である。

第2楽章 Tempo di menuetto ma molto moderato e grazioso
緩やかな音型をたどり、ゆったりと時が流れるかのように進む。技術的には弓をいかに遅く長く使うかボーイングのテクニックが試される。

第3楽章 Allegro vivace
通称「熊のダンス」。活動的で生命力に溢れているが、音域が中音域にかたまっており、ダンスとしてはやや重めの印象を与えるところが熊を連想させるのだろうか。

ヴァイオリン・ソナタ 第9番 イ長調 作品47「クロイツェル」

Violin Sonata No. 9 in A major, Op.47

L.V.ベートーヴェン Ludwig van Beethoven(1770-1827)

ロンドンにある現代アートの為の美術館、テート・モダンには、その斬新さだけでも見るものを驚かせずにはいられないような芸術作品がたくさん現れる。それは、小さなビルよりも遥かに高さを持つ巨大な真っ赤な蓄音機や、太陽を模した大きな光のオブジェなどなのだが、アイディアとしておもしろくとも、それを解釈するとなると、時に難しいと感じずにはいられない。

しかしある時イギリスの新聞の批評欄で、これらの作品を評して“extremely sexy”(最高にセクシー)と書かれた記事を読んでから、私の見方は一変したのである。日本語で“色っぽさ”“艶気”などとさらりと書くのは、一歩間違うと語弊があるようで難しく感じると共に、先の新聞の評のような表現には至らないように思う。しかし、英語で表現された時、これらの言葉は例えば風が美しい木の間を一吹きすれば色っぽいと感じ、雲の隙間から来る太陽の光をエレガントだと感じるような、とても繊細な感覚の上に成り立っているのである。

1999年、ボランティアで読書をして下さる方々と出会い、トルストイの「クロイツェル・ソナタ」を読んで頂いたが、その美しくも劇的なストーリー展開と、文豪の「クロイツェル・ソナタ」の据え方のすばらしさに目眩すら覚えた。しかし、トルストイのこの曲への感じ方は、実はこの作品の真の解釈とも言えるのではないかとも思う。第一楽章の始めのヴァイオリンの重音、もうこの音の重なりだけでもなんと素晴らしく純粋で、色っぽい響きを感じることが出来ることだろう。そして、その雰囲気は曲全体を包み込む。今更この曲の偉大さを語るまでもないとは思うが、敢えて具体的に語るなら、それは最高のセクシーさである。

第一楽章はいきなりヴァイオリンのカデンツで始まり、直ちにピアノがそれを受け継いで対話風にお互いに探り合いながら進行を続け、主部へのスタートを切る。情熱的な第一テーマ、平和な趣の第二テーマと激しいコントラストをなしている。又それに続く勇ましい華々しいテーマはこの曲の圧巻で魅了されない人はいないはずだ。第二楽章は平和を祈るようなテーマと4つの変奏から描かれている。尚、第三楽章は第六番のヴァイオリン・ソナタの第三楽章のために書かれたものを華麗すぎるという理由でこのソナタに転用されたそうである。

J.ブラームス Johannes Brahms(1833-1897)

ヴァイオリンソナタ 第1番 ト長調 作品78「雨の歌」

Violin Sonata No.1 in G-major, Op.78

J.ブラームス Johannes Brahms(1833-1897)

第1楽章 Vivace ma non troppo
第2楽章 Adagio
第3楽章 Allegro molto moderato

同じ曲に2度出会うと言うことは、昔会った人に出会えたような親近感を覚える。
今回この曲を再びひも解いてみると、10代の頃のブラームスにとりつかれていた頃の事が思い出される。あの頃の行き詰った思いや、ジレンマ、僕の弾くブラームスを聴いての先生の叱正やため息がまざまざと甦って来る。振り返って見れば、その頃の僕のブラームスは、真剣に取り組めば取り組むほど、正面から見据えただけの、面白みに欠いたものだったかもしれない。そこで聴いて下さる先生の心を凍らせてしまったのかもしれない。10代の無我夢中で突進して行く戦いの心は、少しはなくなっただろうか。

このソナタは1897年の作で、第3楽章のテーマが1873年作曲<雨の歌>から導き出されている事から、<雨の歌>と呼ばれている。風格をたたえ、その入念な描き方に感動するばかりだ。

ヴァイオリンソナタ 第2番 イ長調 作品100

Violin Sonata No.2 in A dur Op.100

J.ブラームス Johannes Brahms(1833-1897)

「継続は力」ブラームスの作品に触れるたび、私はこの言葉を思う。
1853年春、ハンガリー出身のヴァイオリニストレメーニとの演奏旅行、それに続くシューマンとの出会いから始まった彼の音楽家人生、それは同時代のワーグナーやリストと比較しても、古典的なものだったと言えるであろう。しかし私は、頑固なまでに伝統と格式を重んじ自らのスタイルを貫き通したブラームスの作品に、畏敬の念と共に独特のリリシズムを感じるのである。

職人気質とも言える彼にとって、多くの友人との出会い、とりわけ彼の一生を支配し続けたとも言えるクララ・シューマンとの交流は、彼に何をもたらしたのであろうか。もしかすると、恩師の妻に理想の女性像を求めたブラームスの苦悩が、彼の心の叫びとなって、その作品形成の一端を担っているのかもしれない。しかしそれは、眩い春の陽射しではない。暮れかかった晩秋の淡い陽のごとく私の心に訴えかけてくるのである。

第1楽章 Allegro amabile
優雅で気品に満ちた旋律が歌われるが、ピアノの和声の重厚さや三連音符を度々用いるなど、ブラームス独自の世界が展開されている。

第2楽章 Andante tranquillo
冒頭でピアノとヴァイオリンが対位法的にテーマを提示している。続いて表れるビバーチェも対位法的に描かれている。他の楽章が旋律的であるのに対し、活動的な楽章となっている。

第3楽章 Allegretto grazioso
冒頭のヴァイオリンの旋律はG線で奏され重厚さを表現しているが、それだけに高度な技法が要求される。その後リズムが複雑に組み合わされ、曲は劇的に展開していく。そして、訪れる安息の地に降り立つかのように終局を迎える。

ヴァイオリン・ソナタ 第3番 二短調 0p.108

Violin sonata No.3 in d minor, Op.108

J.ブラームス Johannes Brahms(1833-1897)

このソナタは1886年から1888年まで3年もかけて作曲されたもので、友人の死などにより人間の宿命である死というものを紛れもない現実の出来事として見つめなければならなくなったブラームスの人生観が投影された作品だと思う。

悲壮感漂う第1主題で始まり、展開部と結尾部でピアノに持続される低音が救われない重苦しさを醸し出している第1楽章。次々に思い出される懐古的な旋律の続く第2楽章。ため息とも取れるフレーズが断片的に現れ、孤独と空虚な悲しさ、もろさが描かれたように思われる第3楽章。そして第4楽章は、時々寂しさを湛えた旋律が現れるものの、冒頭も激しく連打音で始まったように最後も自らの人生を鼓舞するかのように終わる。

G.フォーレ Gabriel Urbain Fauré(1845-1924)

ヴァイオリンソナタ 第1番 イ長調 Op.13

Violin Sonata No.1 in A major, Op.13

G.フォーレ Gabriel Urbain Fauré(1845-1924)

第1楽章 Allegro molto
第2楽章 Andante
第3楽章 Allegro vivo
第4楽章 Allegro quasi presto

フォーレは教師の末息子としてフランスの南西部の田舎町に生まれた。幼いころから音楽の才能を見出した父親は彼が9歳のころにパリの教会音楽家を育てる専門学校で学ばせた。この学校の教師の中には若き日のサン=サーンスがいて、才能あふれる生徒、フォーレをとてもかわいがり、その後もよき友として又、強い支持者としてフォーレの人生にかかわることとなった。

このソナタは1876年の作品。声楽とピアノのための作品以外ではこのソナタが初めての作品であるが、不朽の名作として位置づけられている。1877年1月の初演は、ピアノはフォーレ自身、ヴァイオリンはMarie Tayauにより発表され、観客の熱狂的な喝采を浴びた。この演奏を聴いたサン=サーンスは後日次のように記している。「ここ数年間のフランスとドイツにおいて発表された音楽の中に、あれほど優れており、またあれ以上の魅力を持つ作品はない。」

生きる喜びで満ち溢れ情熱的で開放的なソナタ形式の1楽章は分散音型のピアノにヴァイオリンの美しい旋律がのびやかに流れる。クロマティックな和声進行もフォーレの特徴である。3部分に分かれるソナタ形式の第2楽章は「鼓動」のリズムが見られるピアノに再びロマンティックな旋律が染め上げられ、まるで一幅の絵を見るようだ。第3楽章、スケルツォはピチカットも巧みに加わったり、後拍にアクセントがついたりと蜘蛛の糸のごとき軽やかさで、第4楽章では、1楽章と同様に優しい触れ合いと情熱の嵐のような躍動感が交錯する。

このソナタが作曲されたころは、フォーレがマリアンヌとの結婚を希望していた頃だけに優雅で情感あふれる魅力に富んだ曲になっているのだろうか。

C.フランク César-Auguste-Jean-Guillaume-Hubert Franck(1822-1890)

ヴァイオリンソナタ

Violin Sonata in A major

C.フランク César-Auguste-Jean-Guillaume-Hubert Franck(1822-1890)

第1楽章 Allegretto ben moderato
第2楽章 Allegro
第3楽章 Recitativo−Fantasia ben moderato
第4楽章 Allegretto poco mosso

循環形式と呼ばれる、一つのモチーフが複数の楽章において現れるというフランク独特の手法によって書かれている。一流のオルガニストでもあったフランクであるが、ソナタを通して見られる精巧な和声技法(対位法)は、演奏家として得たその五感の現れともいえよう。このソナタは、ヴァイオリン以外の楽器−ヴィオラ、チェロそしてフルート−でも演奏されているが、このように異なった楽器でも演奏され得ることは、その美しい和声的手法の証明と言えるのかもしれない。また、曲全体を通して浮かび上がる情景は、その後の近代フランス音楽の作曲家達を育てたフランクの偉大さを示すかのごとく、色彩豊かなものとなっている。

美しい自然が感性豊かに描写された様に思える1楽章、緊迫感に満ちた魅力溢れる旋律の2楽章、嵐の後の静けさに思わずひざまずいて、平和への感謝を祈らずにはいられない3楽章、そして4楽章は苦しみや悲しみも超越してしまう幸福感に満ちた美しいピアノとヴァイオリンとのかけあい(カノン)で始まり、1楽章から3楽章までの主題が次々と回想されて行く。私達が生きて行く上に必要な詩情を、全曲を通して愛情豊かに織り込んで作曲されているように思う。

演奏に際しては豊かな想像力(イマジネイション)と洗練された創造力(クリエイティヴィティー)が要求されるのではないだろうか。それだけに独自の解釈を作り上げるのは非常に難しく、胸に迫る作曲者の感受性をどこまで表現できるかに尽きると思う。フランクは生涯にヴァイオリンソナタは1曲しか作曲していないが、最も人気の高いヴァイオリンとピアノのためのソナタとして知られている。晩年の1886年の作だが、同じベルギー人でもある友人のヴァイオリニスト E.イザイへの結婚の贈り物として書かれた。

E.グリーグ Edvard Hagerup Grieg(1843-1907)

ヴァイオリンソナタ 第3番 ハ短調 作品45

Violin Sonata No. 3 in C minor, Op. 45

E.グリーグ Edvard Hagerup Grieg(1843-1907)

第1楽章 Allegro molto ed appassionato
第2楽章 Allegretto espressivo alia Romanza;allegro molto
第3楽章 Allegro molto animato;cantabile prestissimo

グリーグと言えば、あの有名なイ短調のピアノ協奏曲が思い浮かぶ。北欧の自然風土を彷彿とさせる美しい旋律が続き、聴く者の心を、誰もが親しんでいるおとぎ話の世界へ誘いこむような気がする。

このソナタはグリーグが作曲した3曲のヴァイオイリンソナタのうち、最も演奏される機会が多く、心をとらえて離さないのではないか。

G.F.ヘンデル Georg Friedrich Händel(1685−1759)

ヴァイオリン・ソナタ 第1番 イ長調 作品1-3

Violin Sonata No.1 in A major, Op.1-3

G.F.ヘンデル Georg Friedrich Händel(1685−1759)

子供の頃から音楽に親しみその才能を発揮していたヘンデルであったが、彼の父親は彼が音楽家になることを望まず、法律家になることを希望していた。ある日、練習に使っていたピアノを父親が屋根裏部屋に隠してしまった。しかしヘンデルは、家族が寝静まった後、一人屋根裏部屋に潜り込み音楽の勉強を続けたという。また、後年、健康を損ない視力を失ってからも音楽への情熱を失わず多くの作品を遺している。

このように、生涯をとおして様々な出来事や苦難に直面したヘンデルであったが、その作風はうらはらに明るく開放的である。そこに私は、音楽によって主君ジョージ1世を始めとする多くの人々を楽しませようとするヘンデルの心意気を感じるのである。

第1楽章 Andante
ゆったりとしたテンポのプロローグ。

第2楽章 Allegrom 
重音奏法を多く用いたフーガ風の楽章。

第3楽章 Adagio
わずか5小節で構成されている、最終楽章への序奏。

第4楽章 Allegro
第3楽章からほとんどアタッカ(休まずに、続けて)で始められる。様々なリズムが次々に表れる、全楽章の中でも最も華やかな楽章。

W.A.モーツァルト Wolfgang Amadeus Mozart(1756-1791)

ヴァイオリン・ソナタ第25番ト長調 K.301

Violin Sonata No. 25 in G major K.301

W.A.モーツァルト Wolfgang Amadeus Mozart(1756-1791)

春の息吹を感じさせる冒頭のさわやかで生き生きした旋律。モーツァルト特有の無邪気で軽快な流れ。控えめにさりげなく、そして時にはためらいながら。

1778年にマンハイムにおいて書き上げた4曲中の第1曲目の作品であるが、マンハイムで書かれた他の作品、そしてパリで書かれたK.304と同様に1作を除き、2楽章形式(ソナタ・アレグロ楽章に続きロンドまたはメヌエットが続く)の構成となっている。これ以前のモーツァルトのヴァイオリン・ソナタは「ヴァイオリンの自由な伴奏付きピアノソナタ」としてあるが、このK.301はピアノと同等の位置へ、つまり「二重奏」へと、一歩踏み出した時期の作品でもある。

第1楽章は4分の4拍子のソナタ形式。第1主題がヴァイオリンにより提示されて始まるが、モーツァルトがヴァイオリンに主題を与えて歌わせた最初の作品でもある。そしてピアノが受け継いでいく。このような自由なやりとりは、モーツァルト形式の扱い方の典型ではあるが、華々しい「走り」がピアノにのみ与えられていることから、未だ様式による制限が伺える。第2主題は逆にピアノからヴァイオリンへと受け継がれる。展開部は第2主題が使われて始まり、再現部では主題は縮小されている。

第2楽章はロンド形式。ソナタを締めくくる3/8拍子のアレグロでは、切れの良いさわやかさがどんなにか安らぎを与えてくれるだろうか。ト短調のシチリアーノの部分もある。モーツァルトのこのソナタの草案では、彼が斬新とはいかないまでも一般的ではない何かを意図していたことが想像できる。これは、マンハイムでのフルート奏者との交流や、その当時ドイツ人の医者からフルート音楽の依頼を受けていたことが関係している可能性もある。モーツァルトはこのソナタ以外にもう1曲ト長調のソナタを書いている。ト長調という音形はヴァイオリンにとっては響きの良い開放的な調であるという点を考えるとモーツァルトのヴァイオリンに対する意識改革を窺わせるものかもしれない。

ヴァイオリン・ソナタ第28番ホ短調KV.304

Violin Sonata No. 28 in e minor, K.304

W.A.モーツァルト Wolfgang Amadeus Mozart(1756-1791)

モーツァルトの音楽は無条件に素晴らしいと思う。私にとってのモーツァルトは繊細な透明感というイメージがあるが、切ない感動をかきたてられたり、また、嬉しい時も悲しい時も、つらい人生を生きていかなければならない時も、不思議なことにどんな時にも抵抗感なく聴きたくなるのがモーツァルトである。

このKV.304のソナタはパリで書かれたが、既に健康を損ねていた母の死を暗示するように深刻な思いと共に脱落感が漂う1楽章、虚しさを含みながら、昔を懐かしむように感じられる2楽章との、2つの楽章から成っている。

S.プロコフィエフ Sergei Sergeevich Prokofiev(1891-1953)

ヴァイオリンソナタ 第2番 二長調Op.94bis

Violin Sonata No. 2 in D Major, Op. 94 bis

S.プロコフィエフ Sergei Sergeevich Prokofiev(1891-1953)

1917年、ロシア革命の嵐吹き荒れるさなか、プロコフィエフは祖国を去る決意をする。
翌18年夏、無期限の海外出張許可を得た彼は、アメリカに渡る途中日本に立ち寄っている。(のちに望郷の念にかられた彼は、1935年、故国復帰を果たす。)その際コンサートも行われたが、残念ながら当時の日本に彼を知る者は少なく、観客もまばらであったという。

このヴァイオリンソナタ第2番は、1942年から43年にかけて作曲された。
原曲はフルートとピアノのための作品であったが、その初演を聴いたヴァイオリニスト、ダヴィッド・オイストラフが、プロコフィエフにヴァイオリンソナタへの編曲を勧め、翌44年に完成した。なお、この作品がヴァイオリンソナタ第1番より先に作曲されているが、初校が第1番のほうが先であったためにヴァイオリンソナタとしては第2番と表記されている。

第1楽章 Moderato
あたかも夢の中で音楽が始まったかのような印象を与える。一転、中間部では故国復帰を果たした彼の鋼鉄の意志を思わせる強いリズムが登場する。

第2楽章 Presto
技術的にはかなり高度。特に右手の歯切れのよい表現は難しい。左手の音階も複雑ではあるがヴァイオリニスト、オイストラフの意見を多く取り入れたためか、手にははまりやすいものに私には感じられる。

第3楽章 Andante
半音階を多く用いた「静」の表現。

第4楽章 Allegro con brio
冒頭から快活に進行していく。フレーズの合間に顔をのぞかせる細かい音形は、第2楽章のそれと違い、手にはまりにくいものとなっている。そのため指使いや弓使いにひと工夫求められるような気がする。穏やかな中間部を経て再び快活さを取り戻し、やがて終局を迎える。

R.シューマン Robert Alexander Schumann(1810-1856)

ヴァイオリンソナタ 第1番 イ短調 Op.105

violin sonata no. 1 in a minor, Op.105

R.シューマン Robert Alexander Schumann(1810-1856)

シューマンがこの作品に着手したのは1851年9月12日、それから4日後の16日に完成させている。余談ではあるが、シューマン夫妻の結婚記念日が9月12日であり、その日に合わせて自信最初のヴァイオリンソナタを書き始めたのかもしれない。しかしその内容は、喜びに溢れているというよりむしろ焦燥感漂う曲調となっている。それは、その後シューマン夫妻がたどることになる運命を予見しているかのように私には思える。

第1楽章 Allegro appassionato
冒頭の旋律はこのソナタ全体を象徴しているかの如く悲哀に充ちたものとなっている。その他、この楽章を通してしばしば表れる下降する音形に、私は深い苦しみにもがくシューマン、そしてそこから何とか這い上がろうとする彼の姿を想させられるのである。そこに思いを込め演奏したい。

第2楽章 Allegretto
なだらかに加工する分散和音と、それに伴い静かに上昇する音階。一瞬の幸福がシューマンを包み込んでいるようである。

第3楽章 Allegro con brio
細やかな音型は自問自答するシューマン。どこまで行っても先が見えない中、ふと過去を振り返るように一楽章冒頭の主題が顔を出す。しかしそれも必ずしも幸せなものではない。やがて再び自分の世界に埋没し終局を迎える。

G.タルティーニ Giuseppe Tartini(1692-1770)

ソナタ 第4番 ト短調「悪魔のトリル」

Sonata for violin in g minor “Le trile de diable”

G.タルティーニ Giuseppe Tartini(1692-1770)

時はバロック時代、演奏家に創作力とアドリブの能力が求められていた時代に生きた、若き名ヴァイオリニストで作曲者のタルティーニは、ある夜ヴァイオリンを弾く悪魔の夢を見る。夢の中で悪魔が彼に聴かせたものは、この世のものとは思えない見事なトリルの曲で、感動のうちに夢から覚めたタルティーニは、すぐにそれを楽譜に書きとめた。それがこの「悪魔のトリル」である。出だしのフレーズも、聴く者の心を惑わすように美しいが、やはりその後に続く、カデンツァを含む中間部での華麗な超絶技巧は圧巻だろう。

CD「アヴェ・マリア」で、この曲を冒頭に置くことは私の心からの希望だった。そして、これまで何度となくプログラムに選んできたが、未だにこの鮮やかな小品を弾くことに魅せられている。あたかも、その悪魔的魅力の虜となっているかのように。