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コラム〜いとおしき音楽生活を綴る〜

いとおしき音楽生活を綴る連載エッセイ「レガート・コンチェルタンテ」
「サラサーテ」(せきれい社)掲載

※当ページの無断転載、流用はご遠慮ください。

第19回

第19回コラムイメージ画像

音楽の喜びを再確認したチャイコフスキーNEW

(サラサーテ37号掲載 2010年11月2日発売)

私が演奏活動を始めて今年で13年目になるが、その間に弾いてきたレパートリーは、コンチェルト、小品、無伴奏曲など、その大半が ヴァイオリン独奏曲であった。個人的には、室内楽作品などの合奏曲も好きで、録音ではしばしば聴いてはいるのだが、自分自身が演奏するとなると振り返ってみても数 える程しかない。……
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第18回

体力を養うために取り組む日々の鍛錬

(サラサーテ36号掲載 2010年9月2日発売)

音楽家に最も必要な要素、それは体力と気力である。もちろん、それ以外にも必要な要素は多々ある。演奏に欠かすことのできない技術や表現力など。しかし、それら全て、長時間の練習に耐え、ステージでの緊張感の中、持てる力を発揮するための体力と気力があってこそであろう。……
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第17回

演奏家として良い音楽を生み出すには

(サラサーテ35号掲載 2010年7月2日発売)

良い演奏とは何かということは前回の号で書かせて頂いたが、では良い音楽とは何か。これもまた大変に難しい問題である。もちろん、良い演奏と良い音楽は、多くの部分で重なっていると思う。大半のクラシック音楽において、作曲家が書いた楽譜を演奏家が奏することで初めて音楽が成立する。演奏家にとって作曲家はなくてはならない存在であり、その逆もまた然りであろう。……。
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第16回

永遠に続く3つの関門

(サラサーテ34号掲載 2010年5月1日発売)

ヴァイオリンを弾くことは難しい。私も30年近くこの楽器を弾いているが、日々そのことを実感している。むろん、一言で難しいといっても、その中には様々なものがある。まず、楽器と弓とをきちんと正しく持ち、良い姿勢で演奏すること、これが最初の関門である。我々の場合、楽器を奏する時間が長いため、無理な姿勢を続けていると、肩やひじ、首などの故障の原因となりやすい。……。
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第15回

お酒を嗜み予期せず得た変化

(サラサーテ33号掲載 2010年3月2日発売)

私は元来、食欲旺盛な方である。体型のためか普段その様に見られる事はあまりないが、一緒に食事をすると驚かれる事も度々である。基本的に好き嫌いもなく、そして栄養バランス等も考えて食べるよう努めている。とは言いながら、コンサート前になるとメロンパンやドーナツ等甘いものを口にすると言うことは以前の号に書いた。最近は手軽に食べられるという事もあってか……。
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第14回

愛器グァダニーニとの関係

(サラサーテ32号掲載 2009年12月28日発売)

私が使用している楽器は、イタリア・パルマで作られたグァダニーニである。もうこの楽器と関わりを持って17年が過ぎた。これ程の年月を共に過ごすと、私の分身というよりもむしろ体の一部のようになっており、一緒にいないとどこか落ち着かない。外で食事をする際にも、まず楽器をどこにどの様に置くかを決めてから自分の席を決める。そして、食事中にも時おり楽器に触れるなどして、その存在を確かめている……。
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第13回

ステージ上で直面し続ける難問

(サラサーテ31号掲載 2009年11月2日発売)

コンサートで演奏するということは、大変難しいことである。私がステージで演奏させて頂くようになって10年以上が経っているが、未だに日々この問題と直面している。そもそも殆どの楽器というものは大変繊細にできている。それ故に、ほんの僅かな指先の動きのずれも、大きな音の狂いとなって表れてしまう。さらに、それを大勢の聴衆の方を前に平然と披露するとなると、何とも至難の業のように思えてくる……。
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第12回

「川畠成道語」での表現

(サラサーテ30号掲載 2009年9月1日発売)

音楽表現における作曲家と演奏家との役割とは、どのようなものだろうか。これはおそらく、私のみならず多くの音楽家にとって永遠の謎であろう。学生時代より、音楽を学ぶ過程において私が教えられてきた事の多くは、楽譜に書かれている作曲家の思いを表現することこそ、演奏家の役目であるというものであった。しかしよくよく考えていると、作曲家が自らの思いを全て楽譜に記しているとは限らないような気がしてくる……。
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第11回

ロンドンの地で思う「音楽と時間」の関係

(サラサーテ29号掲載 2009年7月1日発売)

私のイギリス滞在も今年で15年程になるが、このところ日本で頂くコンサートが増えており、ロンドンへはどちらかというと休暇で帰ることの方が多くなっている。しかし今回は違う。ロンドンウィグモアホールでのリサイタルのためである。ウィグモアホールでコンサートを開くのは2000年以来2度目となる。前回は、大舞台に臨む緊張感と自分の持てるものを精一杯表現しようという気持ちの狭間で、夢中で演奏したように思う……。
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第10回

音楽の喜びを再認識したひとときの旅

(サラサーテ28号掲載 2009年5月1日発売)

人は、生きるために食べるのか、それとも食べるために生きるのか?深淵なる問題である。むろん、究極の意味においては生きるために食べるのであろうが、人生の豊かさという点においては、食べるために生きるということもあるのかもしれない。では音楽はどうか。果たして、生きるために音楽をするのか、あるいは音楽をするために生きるのか。現在私は、職業ヴァイオリニストとして活動している。……。
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第9回

魅了し続けるブラームスの音楽世界

(サラサーテ27号掲載 2009年3月2日発売)

ある日のこと、とあるレストランを訪れた。仙台瑞鳳殿のふもとにある「パリンカ」という名のこの店は、私にとって特別な思い入れがある。一昨年、結婚後初めてのコンサートが仙台であり、その翌日、妻と2人で結婚と公演の成功を祝い食事をした。以来、仙台での公演の際に必ずと言っていいほど通っている。料理の味はもちろんだが、オーナー夫妻とスタッフの温かい人柄に触れ、幸せを分けてもらえるのも、……
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第8回

「個」を持つことで生れる唯一の音

(サラサーテ26号掲載 2008年12月26日発売)

私はクラシック音楽のヴァイオリニストである。来る日も来る日も楽器を手に弾き続け、気が付いてみれば25 年余りの月日が流れた。その間、常に生活の中心にはヴァイオリンがあり、クラシック以外のジャンルの音楽を聴くことは非常に稀であった。他の音楽に興味がなかった訳ではない。ヴァイオリンの練習に多くの時間を費やしていたため、練習を離れた時にまで音楽を聴くという事がなかったのである。……
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第7回

音楽家が愛したさまざまな好物

(サラサーテ25号掲載 2008年10月28日発売)

音楽家には美食家が多いと聞く。かつてロッシーニは30代にして創作活動を打ち切り、その後の40年間美食三昧に暮らした。ロッシーニには及ばずとも、バッハやヘンデルも健啖家として知られ、ベートーヴェンは川魚とビールをこよなく愛したという。近年、社会的にも食の重要性が教育の現場などで取り上げられるようだが、何を食しているかということが、……。
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第6回

実りの秋を目指す暑い夏

(サラサーテ24号掲載 2008年8月28日発売)

今年も灼熱の夏がやってきた。私は決して暑さは苦手ではないが、それにしても、ここ数年来の猛暑には閉口してしまう。もっともこれは、日本に限った現象ではないようだ。1994年、私がイギリスに渡った当時はロンドンの夏はとても爽やかで、日陰に入ると涼しくさえ感じたものだが、最近では、まさにうだるような暑さである。……
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第5回

魔力を秘めた魅惑的な楽器

(サラサーテ23号掲載 2008年6月28日発売)

「ある夜、夢の中に悪魔が現れた。そして、この世のものとは思えない程、鮮やかなトリルを聴かせてくれた・・・」 タルティーニのソナタト短調「悪魔のトリル」が誕生した際の逸話である。夢から覚めたタルティーニは、すぐにその曲を楽譜に書きとめた。そして、それが多くのヴァイオリニストと聴衆を魅了してやまない不朽の名作として、今日でも知られている。……
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第4回

3人の偉大なヴィルトゥオーゾ

(サラサーテ22号掲載 2008年4月28日発売)

今年2008年は、ウジェーヌ・イザイ生誕150年とパブロ・デ・サラサーテ没後100年が重なり、ヴァイオリン音楽界にとって節目の年と言えるかもしれない。クラシック音楽界では、生誕何年や没後何年といった形で、その作曲家の作品に注目が集まる傾向が強いようだ。一昨年、モーツァルト生誕250年の際には、日本のみならず全世界でモーツァルト作品への関心が高まったことは記憶に新しい。……。
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第3回

春の象徴、桜への様々なイメージ

(サラサーテ21号掲載 2008年2月28日発売)

春が来た。春といえば桜の季節である。私はこのところ、コンサートで「さくら」を主題にした変奏曲を弾くことがある。ひらひらと舞い落ちる桜の美しさや潔さ、諸行無常の響きをもつ作品である。日本人にとって心の象徴ともいえる桜であるが、外国における桜のイメージは諸行無常とはやや異なったもののようだ。……
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第2回

作曲家が音楽で語りかける季節の息吹

(サラサーテ20号掲載 2007年11月28日発売)

人は、音楽に何を想い、どのような情景をイメージするだろうか。私はときおり「音楽における季節感」を想うことがある。イタリア、スペインの音楽が暑い夏を連想させるのに対し、ドイツ、オーストリアのそれは、春、秋、冬を感じさせることはあっても、夏を感じさせる瞬間はあまりないように思う。もちろん、メンデルスゾーン「夏の夜の夢」のようなタイトルを冠する曲もあるが、……。
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第1回

ベルリンの湖で舞い降りた「瀕死の白鳥」

(サラサーテ19号掲載 2007年9月28日発売)

日曜の昼下がり、美しい湖のほとりで心豊かなときを過ごした。今年1月、8枚目のCD レコーディングのため訪れたドイツ・ベルリンでのことである。午後のひととき、レコーディングセッションを離れ、会場からほど近い湖を訪れた。ジョギングや体操をする人々、家族や友人で屋台のソーセージをほおばりながら談笑する人々……。
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